MESSAGE FROM BOSS
2009.1.5(#1)
明けましておめでとうです。2009年、始まりました。去年は殆どの時間をライブとその準備に費やしてきた。日本中、どこまで行っても心を開いて迎えてくれる友人、オーディエンスがいてくれて、マジで感謝です。数えきれない美しい景色を、極上の瞬間を、ダイとステージから見させてもらいました。野外フェス、異種音楽格闘技戦、真夜中のクラブ、ADFとの対バン、長丁場のツアー・・・。全てのライブ、最後に感謝を伝えたい気持ちに嘘偽りはなかった。それに尽きる。皆の理解と良心、信頼には本当に助けられ、勇気づけられ、背中を押してもらった。
無論、平坦な道ばかりではなかった。っていうか平坦な道はどこにもなかった。別れもあったし、無傷ではいられなかったけれど、俺等は、俺等が理想とするライブの完成型が既にイメージ出来ていて、とにかくそれを追求する事に夢中になれた1年だった。煩わせる様々な障壁はあったけど
やりたいことをやりたいようにやってきた。思えばずっと探していたんだ。手に入った瞬間もあったけど、すぐに手からすり抜けていく。その場の空気、音質、そしてオーディエンスの3つが交わる場所を、現実とはかけ離れた高みに、気付けば持ち上げる事。探していたのはこれだ。俺は、
俺等はね、迷いは全くないんだよね。辿り着きたい所、そこに向かって進むべき道がとっくに見えてるんだよ。他人と比べてどうとかじゃない。
比べられることからは逃れられないけれど、俺等は比べない。意見や好みが違う人達が、この世に、そして音楽が好きな人達の世界にもいる事は理解してる。違うという事を認めてる。しょうがない事だ。当然の事だ。誰もが同じモノが好きだったら、なんて退屈な世界なんだろうと思う。
だから俺等は一々そのお互いの違いを掘り下げて、どっちが優れているとかを決めようとする事に、限られた時間の多くを使おうとしなかった。
超えるべき壁は唯一自分自身の中にある。1997年、誰も俺等の事を知らない時代から何も変わらない。そう生きてきたし、生きていくんだ。
俺等には、俺等にとっての、THA BLUE HERBにとっての信仰がある。根がちゃんとある。アメリカ人のラッパーがやっている事からは滅多に影響されない。いつからだろうか?もうずっとだ。だからといって上でも書いてる様にどこが俺が気に喰わないかとかを考えたり、軽はずみにしゃべってバカにしたりもしねえ。面倒くせえ。そんなことやってても、明日のライブには何の役にも立たん。俺等には(ここで言う俺等とはTHA BLUE HERBとオーディエンスの事なんだけど)もう積み上げてきた長い時間がある。あの拍手、理解、共感を俺はちゃんと憶えている。
これまでやってきた事を、過ごし、見送ってきたあの夜達を、無駄に、台無しにする様な事はできねえ。そこが、そここそが俺等が、THA BLUE HERBが見つけ、教えられ、大切にしている信仰の部分だ。今年も、例年同様、それをバカにしたり、削ったりしてくる奴等は事実、沢山いた。
スタイルウォーズの名の下、誰も無傷ではいられないのがこの良くも悪くもヒップホップの世界だ。まあ、俺等もかつてそうやって上がってきた。
そんな時、憎しみや怒りや勘ぐりが襲いかかってくる時、そういう時こそ自分等の信仰が問われると思ってる。そこで磨かれる「何か」がある。
「何か」。流れ、消えていってしまったライブの端々に産まれ落ち、そして同じく消えていってしまった「何か」。これを今、DVDに密封して、作品にする仕事を進めてる。今年の1発目の大型リリース。年末、年始、クリスマス、誕生日、関係なく、森田貴宏が独り、編集してくれている。
何年経とうが「いつだって雑音黙らすには、一つ行動で表す」ステージ最前線、オーディエンスに面と向かって筋を通す。去年もそんな年だった。
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