MESSAGE FROM BOSS
2009.8.3(#2)
7月も各地にライブ行ってました。皆に会えたことによって、マジで前向きで価値のある特別な何かを得ることが出来ました。
名古屋。去年のADFとのツアー以来。もう何回目かはわからん。今回も日本中のライブハウスの中でも指折りしっくりくる箱、クアトロ。ステージから、俺の言葉の語尾が消えるまでコントロールしている実感がある。わかる?とにかく好きな箱。しかも20周年。めでたい。
共演者は再びZAZEN BOYS。そして俺等のみ。つまりツーマンだけで完結する夜。相手にとって不足はねえ。って言うか、捨て身で必死でぶつからねえとお客の記憶に残らねえ。それ位凄いバンドだ。怖さはアラバキで既に学んでる。まずは鰻だ!大盛りをしっかり喰ってから本番に備える。俺等は先発。さっきまで皆、バラバラに日常を生きて、別々の道を辿ってやって来たオーディエンス達を根こそぎ上げて、言葉の意味の底まで引きずり込み、で、ぱっと散るのがこの日の俺等の役目。その通りな75分だった。最後の拍手と絶叫は忘れられない。
皆のおかげで持てる力を全て出し尽くす事ができた。評価は元から良いか悪いかの2つしかない。俺等にとっては最高に良い時間だった。
ありがとうございました。ステージ袖に戻ると真剣な眼差しのZAZEN BOYSが。後は頼むぜ。で、楽屋でダイとPAで来てくれたサニーさんと一足早い乾杯をし、久々の名古屋の友人とゆっくり話した。TURTLE ISLANDの面々も大勢来てくれて1ヶ月前のバスクの話でかなーり盛り上がった。その間もステージではZAZEN BOYSが練り上げ、鍛え上げられた人力ブレイクを何度も何度も炸裂させていた。っぱねえ。最早ダンスミュージック。最近だと、DFAとそのフォロアーがリードしている海外のエレクトロダンスミュージックと方向は同じ。全然負けてないどころか勝ってるよ。ま、勝ち負けじゃないけどね。俺は楽しませてもらった。打ち上げでも向井君始めZAZEN BOYSと楽しく飲んで話して笑ったな。良い時間だった。名古屋クアトロの皆さん20周年おめでとうございます。そして素晴らしい時間をありがとうございました。
翌日も早々にチェックアウトして宇野君と和尚と鰻、レコ屋の旅。色々お世話になりました!今度は12月。また遊ぼうぜ。
翌週の東京リキッドルームでのENVYとのライブはもう皆知ってる通りENVYのメンバー急病のためなくなりました。俺等も前からENVYというバンドと一緒にやればいいのにって多くの人に言われてて、やっとやって来たこのタイミングをモノにすべくがっちり練習して備えてたんだけど、しょうがない。お互いこの世界生き残って、将来、ばっちりな形で1つのステージを分けあいたいと思ってる。そう、楽しみはまだあるってこと!
大阪。2ヶ月前のあの夜以来、速攻帰ってきたぜ。今回は、大阪、関西のドープな音楽愛好家達の巣窟、老舗ZETTAI-MU。俺等がその昔、1999年11月、初めて西日本を訪れたツアーで大阪でのライブをセッティングしてくれたのもZETTAI-MU。場所はベイサイドジェニー。
あの楽屋のスヌープが描いた画にトバされたのを憶えてる。第2期の復帰1発目もその場所でZETTAI-MU。あのマカオでも、最近だったらブラックチャンバーでも本当にZETTAI-MUには貴重な時間を過ごさせてもらってきた。今回は2004年12月のクリスマス以来の(DVD
「THAT'S THE WAY HOPE GOES」にも映ってる。)ZETTAI-MUの本拠地NOON、実に4年半ぶりの帰港。新千歳で同じ夜、京都METROに向かうO.N.Oと合流して一緒に関空へ。空港にはZETTAI-MUのボス、1945のクラナカと武が。ここでO.N.Oははるかで京都へ。俺等はNOONへ。リハをやってると、この日共演する盟友DJ YASが。ひさびさ〜。で、飯。飯はここっしょ!のオモニへ。ったくいつ行っても、何喰っても外さない。旨すぎっすわ。何でこんなに旨いのにお客は俺等だけなの?見事に今回もノックアウトっす。で宿で少し休んで本番。NOONに着くともうクラナカが強烈なビートを炸裂させていた。しっかし暑いな。大丈夫か?今日。でもここまで来たら後戻りは出来ねえ。ダイが地下鉄のドアを爆音でこじ開けてライブスタート。これ以上ないって位、オーディエンスで一杯のダンスフロアー。熱か湯気か霊なのか、蒸気が立ち込め、半狂乱になってる人も1人や2人じゃねえ。これが関西の真夜中、この世の底、その名もZETTAI-MU。俺等にしかこのオーディエンスは満足させられねえって位、俺等、鍛えまくってきたから任せとけ。それから90分。上がって下がって、潜って、過去に戻って、弔って、未来を志向して、ゆっくりと俺等の心は融合していった。簡単に言葉に出来ない、意味深い時間だった。汗と疲れには
遂に止められる事はなかったな。最高。ありがとうございました。大阪、いつも力もらってます。今度は12月。また遊ぼうぜ。
鳥取。昼過ぎに大阪を出て(クラナカ、マジで今回もお世話になりました。ありがとう。)一路鳥取へ。昨年暮れに行って以来、早くも4回目。前回も良かったな。って言うかさ、行く度に、俺等の中身も知ってもらえて、俺等も同じだけ知って、次々色んな友達を知って、打ち解けて、乾杯重ねて、笑って、でも同じ時間にいつも朝はやってきて、EYちゃんがパーティーを着陸させて、で、皆帰ってさ、いつも翌日には俺等、鳥取を離れる。帰り道、車の中で何気ない会話して、名残惜しくも握手してそれぞれの地元に帰る。これは単なる営業とかではない。断じてない。取引先とかじゃない。先輩後輩じゃない。HIP HOPのおかげで知りあえた友達だ。それはさ、今や日本中にいる。
そして鳥取にも確実にいる。これを繰り返して俺等と鳥取、少しずつ確実に近づいてきた。街の距離は地理的には変わんないけど、心は、そう!COCOLOは近づいてきた。これは事実。久々にあの気の合う友人達に会うのが楽しみだった。しかも!今回、このパーティーに、この宴に誘ってくれたのは鳥取チームだけじゃない。大阪の新しい(次々新しい出会いが用意されてる!)友人達、COCOLO BLANDの仕切りだ!
ひっさびさの同い年、大阪弁で出会うのはそれこそ太華以来やね。そうですCOCOLO BLANDのボス、ハラQじゃわれえ!って感じで、ええヤツです。そんで仲間も皆、ええヤツが揃ってます。自分も超えなきゃならねえヤマがあったんで、韻シストしか観れてないのはマジで申し訳ないんだけど、皆、ほんとに気を使わずに話せる人達でした。キャスパーもがっつりかましてたり、鳥取の仲間も皆、笑ってたり、とにかく!良い日でした。世の中、腐りきっちゃいねえ。その場にいれる事を喜べて、他には何も望まない気持ちでした。当のライブは俺等、ほんっとこれしか出来ないって感じでいつものようにとことんストイックにやらせてもらいました。オーディエンスの皆、最後までそこに、底にいてくれてありがとうございました。また会うのはいつかわからないけど、その時まで、皆、元気で。また遊ぼうぜ。
で、今はレコーディングに追われてます。HIP HOPあり、異種音楽交流ありで、素晴らしい音楽家と共に挑戦に次ぐ挑戦です。
8月のサマーソニック、そして翌日の鹿児島で年末までライブは休みます。
連日暑いけど、健康で。
ILL-B
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