MESSAGE FROM BOSS

2010.6.2(#2)

これでやっと2日目。でもまだまだストーリーは続いたんだ。翌日も福岡でオフ。さすがに酒が蓄積されてきてたんでゆっくり休み、紀文で鮪を喰ってマッサージ1時間。結構楽になってきたけど、う〜ん、今日は休肝日かな、ここ飲まなかったら明日は楽だろうな、って何気に考えながら親富幸通りを歩いてたら、「ボス!」って呼ばれて、見たらB.I.G. JOE!そうなんです。JOEもゴールデンウィークに九州ツアーで、この日は前入り。わはは!
SEIJIさんも一緒。ZORZIも。「どこ行くの?」「屋台」「俺も行く!」「よし行こう!」ってなって屋台へ。かんぱ〜い!天ぷら喰って、談笑〜。
KAIKOO以来で、福岡の屋台でJOEと飲んでる。おもろいね。ほろ酔いになって、さ、OILWORKSへ。で、BASEへ。ダイもMANTISも合流。全く飲みまくってますな。その間、JOEとずっと話してた。皆にも話そう。御存知の通り、俺とJOEは同じ札幌でずっと同じ空間にいた。ヒップホップの
中で一緒に成長してきたと言っても過言じゃない。俺とO.N.O、JOEとDJ TAMAの4人で。あれから皆、それぞれのアートを追求するために奮闘してきた。で、いつ会っても仲は変わらなかった。その内、札幌産のヒップホップも外へ出て行く時代がやって来た。皆、自分等で曲を創って、道外にライブしに行く時代が。でもいつ会っても仲は変わらなかった。で、ある日、不幸にもJOEは札幌から遠く離れた場所で独りっきりになっちまった。で、思いがけず、俺とJOEの間に距離と誤解が生じて、一瞬だけどややこしいことになりかけた。昔だったら、単なる仲間の間で起こった些細なすれ違いのはずだった。しかし絶望的な距離に加え、今、俺もJOEもラップゲームの最前線にいる身だったんだ。それはディスやビーフと呼ばれるヒップホップエンターテイメントの枠に一瞬で組み込まれ、何も事情の知らない、ましてや俺にもJOEにも会ったことのない人達があれこれ議論したり、
勘ぐったりする話題の争いに発展していくかに見えた。まるでクソにたかる蠅のようにブンブンと辺りで色んな発言が飛び交った。でも、俺の周り、
札幌の昔からの仲間は、俺の仲間もJOEの仲間も、皆、誰一人そんなバーチャルな世界で、昔からの仲間の間で起こった小さな諍いを楽しんだりする奴はいなかった。とてもそんなムードじゃなかった。少なくとも俺が見て、聞いて、感じた限りでは。影でささやいていた人間の事は知らん。俺は無論、札幌の皆が、傷ついていた。そして、そう、JOEが1番傷ついていた。どんな流れであれ、傷が産まれたのは俺との間だ。俺にも責任がある。
俺等はサグじゃない。より良くなりたいと願い生きている種類の人間だ。顔の見えない悪意に囲まれながら、俺等は昔からの仲間だ、今も仲間なはずだ、そう信じていた。それから・・・、JOEが札幌に戻って来て、すぐには距離は縮まることはなかった。でも、札幌は小さな街だ。元々仲間だ。俺等以外も皆仲間だ。その時は近づいて来た。そして年末に訪れた約束のその時を経て、今、俺とJOEは昔のように話すことが出来るようになった。俺はいつも思う。あの時に、怒りと憎しみに身を任せて、遠い場所で独りで囚われている仲間に、邪悪な言葉を投げつけなくて良かった、と。俺は、俺の信仰に感謝する。夜は明けた。困難な時代は去った。俺は、JOEがこの6年間に苦難を乗り越えて成し遂げた奇跡を、心から尊敬している。俺が同じ境遇に陥った時、その神話は、これまで多くの人を勇気づけ、助けたように、俺をも決して諦めさせはしないだろう。同じく俺や俺等がこの6年間やってきたことも、この先JOEはステージ最前線で知ることになる。これは比較できるものじゃない。両方とも作り話なんかじゃなく、実際に生きた運命なんだ。


で、今、B.I.G. JOEと一緒に曲を創ってる。お互いライブに忙しく、俺も自身の制作のため全ての客演を断っている状況だが、あの夜、あのBASEのカウンターで10年以上越しにやって来たタイミングを、今度という今度こそ逃したくない。徳之島出身のOLIVE兄弟と、BASEで普天間基地移設について話してて、何か俺等もここで声を上げようぜ、何かを伝えようぜってなって、JOEもそこにいて、よし一緒にやろう!ってなってすぐに動いた。
人それぞれ意見がある中で、無論、異論もある中で、それを恐れていても何も始まらない。もちろん選挙にも行ってはいたけど、結果、1票の無力さをいつも知ることになってばかりだった。俺等は皆、世界的に見てもかなり豊かな国で、第3世界の人達の辛苦の上にのうのうと暮らしてきた。沖縄の人達に基地を押しつけてきた。その一方で、北朝鮮のミサイルの照準にも狙われ続けている。ここで声を上げなかったらラッパーはいつ上げんの?
日米共同声明への、汚れた路上に暮らしてるB-BOYからの提言だ。タイトルは「MISSION POSSIBLE」。発売は7月21日。詳細は来月ここで。

そんな福岡の夜でした。出会った全ての友達、皆に感謝です。ありがとう。マジで意味深い数日間でした。また会う日まで、皆、元気で。ピース!


で、起きて、空港へ。福岡よさらば。一気に南、宮崎へ飛ぶ。わずか40分で到着。空港の外に出ると空気が違ってたね。南国ムード出まくり。宮崎のFACT RECORDS代表のダイが迎えに来てくれてた。久々〜。福岡の連日の飲みでかなり体調はキツかったけど、こっから新たな闘いが始まるんだ。
箱に着くと、もう既に地元の仲間が沢山集まっていた。よろしく!今夜の会場はめっちゃ広くて、音も良い。こりゃ楽しみだ。ダイがしっかり音を整えリハ完了。よし飯だ。宮崎は旨いもんが沢山あるからそれそれ全部食べれるとこ行こ!でダイが連れてってくれたとこが凄かったね。美味しい!鶏もチキン南蛮も冷や汁も、あれもこれも旨かったっす。ゴチでした。よしやるぜ。会場に戻るとホットなことになってた。ダイが「ライブだけじゃなくてトータルなヒップホップが観れて感じられる空間を創りたい」って言ってた通り、絵描きも沢山いたし、BMXのショーもあってお客さん上がってた。
で、我等の登場。3度目の宮崎。冷やかしのお客がたまらず次々と振り落とされていく。OK、余裕。そして、ダンスフロアーには生き残ったいつものオーディエンス達が。誰一人も目をそらさず、俺等をステージに誇り高く立たせてくれる。暗闇をくぐり抜け、輝きに包まれたエンディングへ。それは半端ない爆発だった。遂に俺等と宮崎も極まった。皆、最後まで聴いていてくれてありがとうございました。ダイ!ダイの開かれた心が俺等とあの人達を繋げてくれたんだ。本当に感謝してます。決して大きいとは言えない街で、気持ちと気持ちの繋がりで、事実、特別な何かを広めているダイと、彼をサポートしている宮崎の音楽愛好家にリスペクト!過酷な災いの現実を前にしている宮崎、良くなっていくことを、皆の幸せと発展を祈ってます。



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