MESSAGE FROM BOSS

2010.9.1(#2)

GOMAちゃんに会いに行ってきました。もう知っている人も多いと思うけど俺等の昔からの仲間、ディジュリドゥ奏者のGOMAちゃん。初めて会ったのはもう10年前、京都の、今はなきダムダムってクラブ。そこでクラナカ達に呼ばれてライブしに行ったら、ロンドンから帰ってきたGOMAちゃんがいた。
それからもう数え切れないくらいいろんな街で会って、同じステージを分け合ってきた。GOMAちゃん自身も旅が好きで、俺がバリに遊びに行った時、偶然会って、遊んで、そのままバリでレコーディングしたり、札幌の仲間とも良い感じで繋がったり、ハーベストムーンのレコーディングに来てもらったり、
お互いのライブを訪ねたり。良い思い出しかない。前述のクラナカやレベルファミリアの秋本君とか、あの時代を共に過ごし、生き残ってきた、偉大なるライバルでもあり、大切な友達。そんなGOMAちゃんが去年、交通事故に遭って、記憶の多くを失うという脳機能障害になってしまったんだ。その知らせは結構早くから聞いてはいたんだけど、実際に会うことはできず、時間だけが過ぎていってた。その間の時間も壮絶なものだったんだろう。GOMAちゃんが画を描き始めている、ある日、そう誰かから聞いたんだ。画?GOMAちゃんが?って感じだった。で、その画の展覧会があると聞いてウェブでその案内を見たら、たまげたね。めっちゃ凄い画だったんだ。本当に驚いた。いきなり描いてみて、あんなの描けるなんて。あんなの観たことない!驚愕だった。
聞けば、事故当初から自分の居場所や職業、生い立ちや仲間との記憶を、全てではないにしても多くの部分を失くしてしまった事実と、実際の検査や治療に奔走し、打ちのめされていた日々、今なお蓄積していくことが困難な、現在の、今日、その日の記憶を画で残して、それを明日の自分に知らせたいって思って、一心不乱に描き始めたんだそう。・・・・・。何でだよ。何故、あんなに善良で、例えようがないくらい優しくて、何1つ悪いことをしていないGOMAちゃんがそんな目に遭わなくちゃならないのか、全く解らないよ、俺には。でも、でもGOMAちゃんはそこで終わんなかった。家族や周りの仲間もそこで終わんなかったんだ。そこからまた新しいストーリーが始まっていったんだ。これは、はっきり言って、俺等のほとんど誰もが遭遇したことのない
現在だ。過去は失われた。でも、GOMAちゃんと彼の家族、仲間は未来を、もう1度、創ろうとしている。
誰かが手を差し伸べたって何かがすぐに劇的に好転するってことではないかもしれない。勇気と根気が長い間必要になる闘いだ。俺はGOMAちゃんにどう言葉をかけていいのか、圧倒的に輝いている画を観ながら、久々に聴くGOMAちゃんのディジュリドゥを聴きながら考えていた。演奏が終わった時、GOMAちゃんは泣いてた。そして集まった50人程の人達に手紙を読んだ。何度も言葉に詰まりながら、あの変わらない穏やかな口調で手紙を読んだ。最後、こう言ったんだ。「皆が僕のことを忘れてしまっていて、取り残されて独りぼっちになってたらどうしようって思ってました。」「早く良くなって社会に何か貢献したいです。」って。涙声だったがはっきりそう言った。GOMAちゃん、今、1番GOMAちゃんが大変な時に、GOMAちゃんは周りの人に何かをしてあげたいって思っているんだね。優しい人だ。
大きな人だ。本当に、立派な人だ。自分が恥ずかしくなっちまうくらい、その言葉は響いた。しばらくたって、GOMAちゃんは目の前にいた。幸い、俺やダイのことは憶えていた。さっきまでの涙はそこにはなかった。それからしばらく、いつものように談笑して、これもまたいつものように別れた。不思議といつものように。人生は時に非情で過酷なものだ。理不尽なものだ。だが命の炎はまだ消えていない。まだ終わっちゃいない。彼と彼の家族、仲間の皆の、希望に、俺も想いを寄せる。離れた街から、これからの道のりも、常に胸に抱いていく。同じ時間に、GOMAちゃんが闘っていることを絶対に忘れない。
独りじゃないよ。俺等、ずっと友達だよ。いつでも何でも言ってくれよ。良くなっていくことを、祈ってる。また会おうね、GOMAちゃん!




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